みずほ(MIZUHO)は、日本第二位、世界でも第10位のメガバンクグループです。MIZUHOは、第一勧業・富士・興銀の3行が合併して誕生しました。みずほ(MIZUHO)が誕生して10年になろうとしていますが、この合併はどうだったのでしょうか。
みずほ(MIZUHO)フィナンシャルグループ、正式には株式会社みずほフィナンシャルグループです。MIZUHOの本社は、東京都千代田区でかつての第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行およびその関連企業を合併・再編して2000年に誕生しました。MIZUHOの中期事業戦略は、『Channel to Discovery』です。MIZUHOはこの持ち株会社のもと、再編されて誕生したみずほ銀行、みずほコーポレート銀行、みずほ信託銀行、みずほ証券などの金融各社を含めたグループ全体の総称としてもその名をとどろかせています。MUZHOは、これら事業会社を通じて、銀行・信託・証券・資産運用・クレジットカードなどの金融事業を展開しており、総資産は150兆円を超えるのだそうです。そして、MIZUHOは、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)、三井住友フィナンシャルグループ(SMBC)とともに日本の3大メガバンクといわれています。また、2007年現在では、総資産、預金残高、時価総額などを考慮したアメリカフォーブスの世界企業ランキングによると、みずほ(MIZUHO)は、世界の銀行中第10位にランニングされています。
みずほ(MIZUHO)の中期事業戦略が、この『Channel to Discovery』です。MIZUHOは、2005年4月にこの事業戦略を発表し、不良債権処理のスキームにより複雑になってしまったグループを簡素化し、金融安定のために投入された公的資金の完済を早め、ニューヨーク証券取引所(NYSE)への上場を達成するとともにコンプライアンスを徹底し、プレイベート・バンキングと社会的な責任を充実させることを打ち出しました。MIZUHOは、2006年7月にすでに投入された公的資金約2兆9,490億円を完済。そして、同じ年の11月ニューヨーク証券取引所(NYSE)に三菱銀行に次いで上場を果たしました。これは、日本経済のバブル破たん後初めてとなる邦銀のNYSEへの進出です。2007年3月期決算では、大口取引先のオリエントコーポレーションが赤字転落したことで、引当金の積み増しにより業績が下がり4期ぶりの減益となったものの、自己資本比率が12%超と安定しており、ムーディーズの格付けはAaに引き上げられたままとなっている。MIZUHOは、コンプライアンス面もしっかりと管理されており、メガバンクで唯一マネーロンダリング監視についてアメリカの金融当局から処分を受けていない。
みずほ(MIZUHO)が、アメリカ低所得者向け住宅融資問題 いわゆるサブプライム問題のあおりを食らっています。MIZUHOは、サブプライム問題の影響で減益を余儀なくされており、これほど早く日本の金融業界、しかもメガバンクの業績に影響が出るとは予想の域を超えたものです。MIZUHOに限らず、邦銀各行は資金運用を海外のファンドにすべて任せっきりとなっていたことが大きな要因といえるようです。アメリカの住宅需要は、アメリカ景気の先導役となっていたので、各ファンドもサブプライムを含めアメリカの住宅関連を投資対象とすることが数年続いていました。MIZUHOは、先の公的資金完済をなし、財務内容の改善を目指し積極的に動き始めたところのこの事態ですから、今後このサブプライム問題がどう影響を広げるのか危険性をはらんでいます。MIZUHOは、世界経済の荒波にも十分に対応できるような資金力を欲して誕生したはずでしたが、その資金運用に関するソフトの部分が立ち遅れているようです。結局、世界市場において継続して安定的に実績を積み重ねることは至難の業でありますが、MIZUHOの今後の大きな課題であるようです。